「書」というアート
書とは瞬間の芸術である
墨が、心と手と筆を通して紙の上に現れる
その一瞬は後もどりもできない
その瞬時に、その人の人格全てがでてしまう
ある意味、全くごまかしがきかない
こわい芸術だともいえよう
※この文章の出所をメモするのを忘れました
少しでも「書道」をかじったことがある人なら納得だろう。
まさにその通り、字は態を表し、
「ひととなり」が見事に反映される。
これは絵画や写真でも言えることだと思うが、
書は、紙に一度筆を下ろしたら後戻りはもちろん、
途中で止めることさえできない。
「全神経を集中させ、自分の中に渦巻く様々な想いを
筆先から紙にぜ~んぶぶち込んだのよ~」
そう言っていた友達の作品が、初出展で入選を果たした!
あの読売書法展に・・・だ。
読売新聞を購読されている人なら、「あっ、あれか・・・」と思い当たるかな。
毎年、夏頃に誌面を広く使って入選作品が掲載される。
あれですよ、あれ!
書道展の規模なら日本一、応募総数は2万5千点にのぼり、展示されるのは5千点ほど。
初出展で入選なんて、そうそうあることではないらしい。
まさに快挙だ!おめでとう!!!
昨日、久しぶりの雨の中、和歌山からはるばるやってきたその友達と一緒に京都会場に足を運んだ。
小柄な彼女のどこにこんな力強さがあるのだろう?
そう思わせる強くて潔い字を書く人だった、中学生の頃から。。。
そして、見かけとは裏腹に、身体の真ん中に、すーっと1本筋が通ってる人でもあった。
まさにそんな彼女が紙に映っているような、そんな作品だった。
私は小・中学校時代、バレーボールと並行して書道をやっていた。
高校時代は2年間は書道部だった。
当時お世話になった2人の先生方の作品も展示されていた。
懐かしいお名前だった。
友達の笑顔と共に、久しぶりに「書」にどっぶり浸ることができ、嬉しい1日となった。
また、バリバリの和歌山弁にもどっぶり浸った1日でもあった。
やっぱり、ふる里の言葉はいいわぁ~。







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