給食の思い出

先日、給食にまつわるコメントをいくつか頂き、

それで懐かしく思い出したことが。

 

私が大好きだった食べ方。

コッペパンを半分にちぎって、

まん中の白い部分をほじくり出し、食す。

できた空洞に、カレーorカレーうどんを入れ、かぶりつく。

これが美味しかったんだワ~note

もう一度食べたいな~。

 

私は、女子には珍しく、

給食が大好きで、残したことは皆無。

いつも、おかわり希望の列に並んでました~happy02

中でも、一番のお気に入りメニューは、白玉入りミツマメ。

おかわりできた日にゃぁ、天にも昇る思いでした。

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dollarレッツ・おつりの一部を義援金箱にチャリン♪dollar

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自転車の思い出

傘、靴、洋服、帽子、バッグ、ネックレス、

何でも新しい物を買ったり、もらったりしたら、

それを使うのが待ち遠しいし、

ウキウキわくわくしますよね。

一番わくわくする物って、何ですか?

私は、、、靴も捨てがたいのですが、

やっぱり一番は自転車です。

いえいえ、自転車を買ったわけではないのですよ。

今日、タイヤの空気が抜けていたので、

いつもの自転車屋さんでプシューーーッ!と入れてもらったんですね。

その時、小学3年生くらいの男の子が、

自転車を買ってもらうシーンに遭遇したんです。

店員さんが、点検&微調節をしてくれてる間中ずっと

その男の子はキラキラの瞳で自転車を見つめ、

その周りをウロウロし、ご両親から「ジッとしなさい!」と叱られてました。

でも、ジッとなんかできませんよね、嬉しくて! happy01

「僕、家まで乗って帰るで~。」と、はりきってましたdash

事故ることなく、その自転車と共に、

楽しい思い出をいっぱい作ってほしいものです。

  

私も、初めて自分の自転車を買ってもらった時は嬉しかったなぁ~。

それまでは従姉妹のお下がりに乗ってました。

子供の頃から自転車が好きだった私は、あまりの嬉しさに

あてもなく何時間も走り回ったことを思い出しました。 

  

自転車と言えば、、、こっそり教えちゃいますが、

私、補助輪をはずす練習の際、

自転車ごと田んぼに倒れ込んで、

ちょっと伸びてきたぐらいの苗を

私&自転車型になぎ倒したことがあるんですよねcoldsweats01

痛くはなかったけど、泥んこで大変でした~。

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夏休みかぁ~

そう言えば、子供さん達は今、夏休み中なんだよねー。  

小学生の頃、夏休みが嬉しかったなー。

ラジオ体操は毎年皆勤だった。

今と違って私達の頃はお盆前後以外は毎日体操しに行ったもんだ。

その後は朝食を済ませ、友達と一緒に「夏の友」をするのだ。

もちろん難しいページは後回し、分かるところだけどんどんやっていく。

で、2学期目前に、やり残した苦手な箇所に悪戦苦闘するのだ。

「夏の友」が終わってもまだ10:00頃。

お昼時まで川で一泳ぎ。

木のツルにぶら下がってターザンごっこ・・・そして深みにドッボーン!とか、オカッパの川流れとか・・・、楽しかった(当時女子はオカッパ頭が主流だった)。

そして午後は学校のプールで一泳ぎ(逆パターンの日もあり)。

もう、皮膚はふやけっぱなし。

そして当たりくじに期待しつつ、近所の駄菓子屋で買ったアイスを食べ、その後はチャリンコに乗って遊びに行くorリカちゃんで遊ぶ。

  

だいたいこういうパターンだったなー。

とにかくよく遊んだし、よく動いた。

今の子ども達も、夏を存分に楽しんでいるだろうか???

年がら年中、同じ事をして遊んでいたんじゃ、なんだかもったいないね。

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30年来の夢

あれは小学4年生頃だったと思う。

来る日も来る日も野山を駆けずり回って遊んでいた私と友達数人は、ある農家の農具庫の脇で子犬を見つけた。

真っ白で、フワフワで、コロコロ。

真っ黒な瞳がジーーーッと私達を見つめ、鼻をヒクヒクさせてすり寄ってきた。

今思えば生後3ヶ月ぐらいだったろうか。

  

友達と、誰が飼うのかについて話し合いをしなければならなかった。

すでに犬がいる、親が犬嫌い、妹が小児喘息、など、状況は厳しかった。

うちは理髪店をしていて、「犬を飼うと、犬嫌いのお客さんが来てくれなくなる。」という理由で、ずーーーっと犬を飼えずにいた。

でも、実は父も母も犬は大好きであることを知っていた私は、こんな可愛い子犬を目の前にしたら、許可してくれるのではないか・・・と考えたのだ。

でも、甘かった。

その子を胸に抱いて、大泣きしながら「全部私が世話をするから、一生のお願いだから・・・」と訴える私に、父は「ダメなものはダメなんや!」と厳しく言った。

私もつい感情が高ぶって、父や母を非難するひどい言葉をぶつけたように記憶している。

いつまでも聞き分けのない事を言っている私の頬に、初めて父の手が飛んできた。

そして、泣きながらその子を元の場所に返しに行ったのだ。

  

それからは友達と給食のパンを持って学校帰りにその子に会いに行った。

数日間は会えたけど、その後は行方知れずになってしまった。

あの時、「大人になったら犬と暮らそう!」そう決めたのだった。

  

父にひっぱたかれた後、しばらくは両親と口をきかなかった。

ご飯も食べず、ストライキ状態。

あんなはかなげで可愛い子犬を、元の場所に返してこい!だなんて、私の両親は鬼か悪魔かと、腹が立って仕方がなかった。

でも、いつしか、「きっとあの時、両親も心が痛かったに違いない」と思うようになった。

なぜなら、両親は本当に犬が好きだから。。。

と言うのは、その事があってから10数年後に両親は紀州犬を迎え入れた。

すでに私は実家を出ていたので、写真でしか見ていないが、図らずも私があの時拾ってきた子犬とそっくりの真っ白でコロコロの子犬。

ケンと名付けられたその犬は、両親の愛情をたっぷり受けて、11年間幸せに暮らしたのだ。

これほど犬に愛情を注げる人達なら、私が子犬を拾って来たあの時、どうしても飼えないよほどの理由があったのだろう・・・と私は考えるようになった。

親の立場で考えると、小学生(私)と保育園(妹)の子供がいて、自宅兼店舗を新築して数年という状況だ。一人でも多くのお得意様を確保すべき時に犬を飼うことは、犬嫌いのお客様を逃すことになり得策ではないし、経済的にも精神的にも犬の面倒を見るまでの余裕がなかった・・・ということになるのかな。

 

去年のお盆に帰省した際、母に「私が昔、真っ白の子犬を拾ってきた時のこと、覚えてる?」と尋ねてみた。

そしたら「覚えてるよー、悪いことしたなーと思ってるんよ。けどな、あの時はお父ちゃんもお母ちゃんも生活に必死やったからなぁ。」と。

やっぱりそうだったのか。

   

そんなこんなで、今、茶々と暮らせる幸せをかみしめている私なのでした。

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Photo コラ!茶々。

せっかくちょっといい話をしたのに、シャキッとせぃ!

だってお母しゃん、やっぱり話、長いんだもん。。。疲れちゃった。

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打ち水の思い出

焼け石に水かな・・・、そう思いつつ打ち水をする。

P8180906 水をまいた時、確かにそこを渡る風の温度は下がる、、、気がする。

熱々のアスファルトに水が飛び散ってほんのしばらく後の、あの独特の臭いが好き。

ただのカルキ臭かもしれないけど、切実に夏を感じるのだ。

                    

子供の頃から打ち水はとても身近な風物詩だった。

実家は理髪店で、店舗兼自宅の前には車3台分の駐車場があり、県道に面していた。

県道をはさんだお向かいさんはガソリンスタンドで、そのお宅には学年が一個上のMちゃんがいた。

Mちゃんも私も打ち水が自分の役目で、夏休みには日に数回、Mちゃんはスタンド一面と県道に、私は駐車場と同じく県道に、ホースで打ち水をするのが日課になっていた。

たまに鉢合わせることがあり、楽しかった~。

最初は自分ちの敷地だけマジメに水をまいているんだけど、そのうちお互いに県道をはさんで水の掛け合いに発展したり、県道にあっちからとこっちから放水の橋を2つ架けて、「どうぞお通りあそばせ~」みたいにしたら、その虹の橋の下を車が何台も通ってくれたりして。。。

親から「いい加減にしぃ!」の声が掛かる頃には、全身ずぶ濡れ、テヘヘ。

あっ、ちなみに井戸水ね。

ああー、田舎だわぁ~、のどかだわぁ~。

                            

それに今の時代は考えられないけど、中学時代我らがバレーボール部は体育館を使えるのが4日に1回で、それ以外の日は外のコートで練習していたのだ。

そう、テニスコートと同じく砂地のコートで。

夏場は照り返しが熱いし、砂埃も半端じゃないので、コートに打ち水をしていた。

しかも、えっちらおっちら何度もバケツで運んで・・・。

バケツに水がいっぱいあるうちは手ですくって水をまくんだけど、残り少なくなるとバケツを斜めにサッと切るような格好でまき切るんだよね。

その時上手くやらないと水たまりができてしまう。

そこで回転レシーブをしたら練習着がドロドロになり、先輩方からにらまれる。。。

一年生時の夏の終わり頃には、すっかり打ち水のプロになってたよ。

                     

そんなこんなで、私は今でも打ち水が大好きなのだ。

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こんな小学生、あり!?~お迎え編~

多忙を極めた両親のとばっちりをしっかり受けた私の、ちょっと変わった小学生時代を記します。

今回は「お迎え編」です。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

誰を迎えに行くのかというと、5歳下の妹です。

彼女を保育園に迎えに行くのです。

昔は親ではなく、兄弟(姉妹)がお迎えに来ることは、そんなに珍しいことでもなかったような気がするのですが、、、うちだけかな。。。

私が学校から帰宅し、ランドセルを下ろすか下ろさないかのタイミングで「○ちゃん(妹の名前)を迎えに行って~!」という母の声が飛んできます。

「はぁ~、またか。。。はいはい、行きます、行きます。」と心でブツブツ。

このお迎えはけっこうエネルギーを消耗するのです。

意を決して保育園へ。

門をガラガラと開けると、お迎えを待ちつつ園庭で遊んでいた子ども達が口々に「あっ、○ちゃんのお姉ちゃんが来た!わーーーい」と寄ってきます。

おにごっこの鬼を勤めたり、ブランコ靴飛ばしの靴を拾ってあげたり、砂場に見事なトンネルを作ってあげたり(やんちゃ坊主に一瞬で破壊されたりする)、順番におんぶしてあげたり。

みんな可愛くて、最初は億劫でも、一緒に遊んでいるうちに私も楽しさを感じたものです。

                                

そんな私も子育て中は自分の子供で手一杯、それ以降は小さなお子さんを相手にする機会があまりなく、すっかり封印していますが、今でもすぐに子供のレベルまで急降下することができます。

子供にはモテモテの私のルーツ、かも。

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こんな小学生、あり!?~通院編~

多忙を極めた両親のとばっちりをしっかり受けた私の、ちょっと変わった小学生時代について・・・。

今日は通院編です。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

小学3年生の頃、私は鼻炎がひどく、治療のために耳鼻科に通っていました。

でも、その近所の耳鼻科では一向に改善されないことに納得いかなかった母は、噂に聞いた県庁所在地にある某有名耳鼻科まで通うと言い出しました。

電車を乗り継いで、一時間半もかかるというのに・・・。

今思えば、少々の鼻づまり、鼻水なんて放っておけば良いものを、母はどうしても治そうと躍起になっていたようです。

週1~2回のペースで通うことになったのですが、通院日は学校の午後の授業を1限か2限残して早退するのです。

そして電車に揺られてゴトゴトゴト・・・。

最初の2回ほどは母が一緒に来てくれましたが、「お母ちゃんはお店が忙しいのは分かってるな?次から一人で行くんやで。」ときたもんだぁ~。

こうして片道1時間半の通院の旅は始まったのです。

電車内で座る席は海側の窓ぎわと決めていました。

途中、目の前にパァーーッと海が広がるお気に入りのスポットがあって、そこが近づいてくるとワクワクして身を乗り出してました。

>小さなお子様は、窓から手や顔などを出されませぬよう、お気を付け下さい。。。

あはっ、胸元から上は思いっきり出てたかも(^^;)

海は日によって全く違った表情を見せ、穏やかにキラキラしていたり、怒っているかのごとく不機嫌だったり・・・。

学校を早退させてまで遠くの耳鼻科に一人で通わせる母、喜んで一人で出かける小3の私、どっちも変と言えば変ですよね(笑)。

で、鼻炎は治ったのかって?さぁ、良く覚えていません。

どのくらいの期間、そこに通ったのか、半年ぐらいだったかなぁ、、、これも、定かではありません。

今も鉄道の旅がとても心地よく感じる私のルーツ、間違いなし!

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こんな小学生、あり!?~PTA&地域活動編~

多忙を極めた両親のとばっちりをしっかり受けた私の、ちょっと変わった小学生時代について・・・。

今日はPTA&地域活動編です。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

私には5歳違いの妹がいます。

彼女が小1の時、うちの親はとうとうPTAの役員から逃れられませんでした。

その時、私は小6でした。

役員の仕事のひとつに、年に一度の校庭および校舎の清掃活動がありました。

普段、児童たちでは行き届かない場所、例えば校庭の草刈りや教室の上の方の窓拭きなど、そういった箇所の清掃をするのです。

役員は率先して参加しなくてはなりません。

また、年に数回、地域の清掃活動もありました。

溝のドブさらいや河原のゴミ拾いです。

が、それらはたいてい日曜日に行われます。

うちのお店の定休日は月曜なので、両親は参加するのが難しいのです。

二人でやってる小さな店なので、一人抜けるとうまく回りません。

「お客さんに迷惑はかけられない」が両親の口癖でした。

でも、毎度毎度欠席では、さすがにマズイですよね。

そこで私です、両親の代役として小6の私が出席するのです、トホホ。。。

どんなに抵抗しても、言いくるめられてしまうんです、ますますトホホ。。。

親に付いてきて掃除を手伝っている子供は他にも何人かいましたが、親の代りに来てる子供なんて私だけで、「ふんっ、ぐれてやる!」と不機嫌に出かけて行ったものです。

でも、行ったら行ったで張り切ってしまう単純な私、校舎4階の窓枠に登って、身を乗り出して外側の窓をピカピカにしましたね~。

河原の掃除では、ゴミを拾うふりして、丸くなったガラスの石ころを探したりして・・・(^^;)

大昔から、うんと目上の人との会話も全然苦にならなかった私のルーツ、、、かも。

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こんな小学生、あり!?~おつかい編~

聖徳太子様の万円札が3枚ぐらい入ったポーチをたすき掛けにして、家から徒歩5分の所にある銀行におつかいに出される小学2~3年生の私。

自分の目線より上に座っている窓口のお姉さんにこう言うのです。

「毎度ありがとうございます。金太郎です(←両親が営む理髪店の名前・仮名)。両替をお願いします。<メモを見ながら>千円札で○枚、五百円札で○枚、百円玉で何個、、、よろしくお願いします。」

これを言い終わると、やっと緊張がほぐれます。

今の私を知る人には「うそっ?」と言われそうですが、幼少の頃の私はシャイ・ガールだったのです、いや、ホントだってば。

だから大きな声でハキハキと・・・なんて到底無理な話で、窓口のお姉さん(時におばさん)は、一生懸命私の声をひろってくれました。

普通、小学生は両替に行かないですよね(笑)。

今の時代、受け付けてもらえるのでしょうかね。

きちんと用紙に記入すれば、OKのような気もします。

当時は両替の機械などなく、両替申込書を書いた記憶もありません。

子供だから免除してくれたのかな。

とにかく小さな田舎町なので、柔軟に対応してくれたのだと思います。

このおつかいは、理髪店が一年の中で最も忙しいお盆前と正月前に限ってのことでした。

私、このおつかい、けっこう好きでした(^^)

銀行の独特の雰囲気の中で行われる大人達のやりとりを見ているだけでおもしろかったなー。

それに、うふふ、窓口の行員さんが必ずおまけに景品をくれたのです。

風船、あめ玉、鉛筆、キャンペーンの貯金箱etc・・・。それが嬉しかった~。

さらに、他のお客さんが「おつかい?小さいのに偉いねぇ、ご苦労さん!」と声をかけてくれ、「えっへん」です。

そんな訳で帰路はなんとなくルンルン気分。

けっこうな大金を運搬中であることなど、どこ吹く風で、スキップスキップ♪

ただ、違う角度から見れば、子供に両替に行かすって、うちの親、どうよっ!?ですよね。ですが、その時間も捻出できないほどお客さんが立て込んでた訳で、大目にみてあげましょうかね。

お金目当てに、さらわれなくて良かった、良かった。

何事にもあまり物怖じしない私のルーツ、、、かも。

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昨日の予告通り、さっそくひとつめの「おつかい編」を書いてみました。

ちなみに、他に「PTA&地域活動編」「通院編」「飲み会参加編」などを考えています。

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